近衛が突入し、と跡部たちが結果的に国の危機を救った日から約一週間後。


うららかな陽気のある日、青国の誇る近衛騎士団第二隊と守るべき若君は、青国の辺境の地である森の中の一軒家にいた。





事件の翌日。

の魔術のためか、男は自分が国を滅ぼすような事件を起こしたその事実だけを記憶していた。

しかし、その方法や実際に何をしたのかはどれだけ問い詰めても覚えていないようだった。

これでは古代魔術や精霊の機密は守られても調書や、そもそも男が何故あのような力を手にしたのかわからぬまま。

もう一度半壊したあの家を調べなおさなくてはいけないかと手塚たちが思って詰め所に戻ると、

そこには男が古代魔術の書と結界装置を偶然に手に入れたこと、男以外にそれが古代のものであると理解し、

利用した者はいたとは考えられないこと。

それらのものはルートごと既に始末をつけた、とのことが理路整然と書かれた質の高い報告書があった。


証拠に、とその書の題名だけが添付されていた。

それを乾が調べた結果、その書は存在したことと概要だけが王室の記録に残され、

その内容は確かに今回の事件で用いられた古代魔術関連に当てはまると確認された。

その後再び男の家に行ってみると、再び近衛たちは感嘆のため息を漏らした。

半壊したはずの家は綺麗に復元され、古代魔術を匂わせるものも一切が姿を消していたのだ。


詰め所におかれた報告書と男の家。

無論、双方とも誰の仕業かは考えずともわかるが、手塚は敢えてその名を出すこともなく、事件の調書をまとめ、

呆気ないほどスムーズに事件の事後処理は終わった。


そして自らが使える王子と王に報告を済ませ、もう一度あの森に行こうと考えていると告げると、

案の定王子は自分も随行することを主張した。

これは手塚も予測していたことであり、しかも詰め所でもに会ったことのない河村や桃城をはじめ、

第二隊全員が森に行きたいと言い出すことも既に承知であったため、王の前でまずは王子に釘を刺そうと思っていたのだ。




ところが。




「いいじゃねぇか、二隊全員で行って来い。」



楽しげに言った王は二隊全員を一日、外公務扱いにすると命じた。

一度言い出したら撤回しない王のこと、どんなに他の任務があると主張したところで無駄なことだ。

そんな王に反論する術を持たず、手塚は内心ため息をつきつつ頭を垂れた。

ただ、はやる王子を伴って退出するとき、王がにやりと笑いながら一言、

によろしくな。」

と彼女の名前まで持ち出して告げる自国の王に、

何か遣りきれない気持ちを覚えて、とうとう嘆息した彼を、誰も責めることはできないだろう。






こうして、普段の彼らの任では考えられないが、全員が森を訪れ、香り高いお茶を振舞われることとなっているのだ。






すべてお見通しであったのだろうか、彼らが森を訪れると迎えには以前会ったこともある鳳が立ち、

家に着いてみると既に全員分のお茶とお茶菓子、そして椅子が用意されていた。

前回と変わらずと跡部が正面に座り、を挟んだ逆となりには忍足と宍戸が席を埋める。

芥川は後ろのソファーで寝息を立てており、樺地は前回と同じ位置に、その隣にはお茶を振舞った鳳が、

向日はソファーの前の毛足の長い絨毯の上に直接座る。



手塚や大石が事件の終結の報告と礼を述べ、がそれに応じる。

初めて会う河村や桃城だけではなく、改めてや跡部の正体を知った近衛たちは若干緊張気味だったが、

は畏まられるのは困る、 と笑い、その柔らかい雰囲気に、曲者と呼ばれる一行も、すぐに打ち解けることが出来た。

更にお茶菓子を手にした途端、その打ち解け具合は手塚の眉間に皺を出現させる程となる。


「これうめぇっす、うまいっすよ!」

「桃先輩、食べ過ぎないでくださいよ、それ俺のです!」

「桃、王子、静かに食べてください!」

「堅いこと言わないでこっちにもあるにゃ〜。」

「あ、あの、それ俺のなんだけど…。」

「ふふ、王子も桃も、先輩のものにまで手を出すのは感心しないなぁ。」

「こら、俺のにまで手を出すな!」

「まぁまぁ宍戸さん、こちらにもありますから。」

「長太郎、そっちのも食べられとるで。」

「てかお前ら来て早々食べすぎなんだよ!」

「うるさい…〜俺のもある〜?」


ちゃかり自分の分は確保し、手塚からも距離を取ったことを確認した乾は、

和やか、というには多少殺気立った面々をさらっと無視して、のほほんと笑っているに尋ねる。

「精霊でも人間と同じものを口にするんですね。」

一方、にぎやかなで楽しそうだなぁと思いながらにこにこと見守っていたが、乾の質問に、前回より砕けた口調で答えた。

「今、景吾たちは人間にあわせた身体に入っているの。

だからこの前この家で会ったときと、あの男のところでは、気配が違ったでしょう?わっ」


いつの間にやら桃城と海堂が掴み合い、無責任に向日が囃し立て、クッキーが飛ぶ。スコーンが飛ぶ。角砂糖が飛ぶ。

部屋をものすごい速さで飛ぶ甘い物体に混じって、仕舞いには拳が飛び交う。

ある意味レベルの高い、しかし緊張感のない戦いは、僅かな間のあと、手塚が仁王立ちで立ち上がったことで終結を迎えた。

「桃城!海堂!走って来い!」


「うっ…。」

「…うす。」

雷が落ち、森の中だというのに二人は掴み合いながら外へ出て行った。

の頭をその腕で抱え込んで守り、至近距離で跡部が先ほどのの台詞に口を出す。

、こいつらに気配なんてわかりゃしねぇよ。

俺が近衛の詰め所にいたときもまったく気付かなかったんだからな。」


以前、近衛の詰め所で、この森に来るかどうかの相談をしていたとき、姿を隠して聞いていたのは跡部だった。

それにより、彼は近衛が尋ねてくることを知ったのだ。



跡部の発言のあと、不二の周りからは精霊でもないのに冷気が発生し、手塚の眉間の皺は深くなる。

そんな状況を知ってか知らずか、唇が触れそうな距離ではのんびりと嗜める。

「でも、景吾が本気になったら気配を読める人なんてなかなかいないでしょう?

近衛様たちは話し合いをしていたんだから、ちゃんと気をつけている景吾には気づけないよ。

景吾だからだけどね。」


「まぁ俺様だからな。」


ふふん、と聞こえそうな得意げな跡部には、「はほんまにええ子やなぁ。」という忍足の言葉は聞こえない。

その手をの髪に添えたまま、自慢げな表情で近衛ににやりと笑う。


まこと安っぽい挑発であるが、それでも色めき立つ近衛の一部。

そして、大石の胃の痛みなど最初から頭にない傍若無人王子様が受けてたった。


「でも、俺たちが来た時点であいつがやったって大体わかってたんでしょ。なんで先に動かなかったの?

やっぱり使える人材がいないといくらさんが優秀でも動けなかったとか?」

「はっ、あんな男の魔術の前で動けなかった奴らに言われたかなねぇなぁ。」

「俺はその場にいなかったんで知りません。」

「あぁ、いた気がしたが、いなかったか?小さくて見えなかったと思ったんだが。」

「精霊なんて年寄りだからもーろくでも始まっているんじゃないの?」

「精霊のこともしらねぇ生意気なガキに言われてもなぁ。」

「あんたばか?今の時代、精霊が見える人なんて少数派なわけ。これだから世間を知らないジジィは困るね。」



きしゃー。しゃー。



河村は後に証言する。

にこやかに笑いながら話す二人の背後には、雷鳴を轟かせた怪獣大対戦が見えたと。




そのまま冷戦が勃発するかと双方が心配したが。


「あぁ、王子は見ていませんが、精霊を転移させる装置を作っていたので時間がかかったんです。

水の精霊なら景吾が一人でも対処できますが、それ以外は強制的に転移させることが必要だったので。」

これを作るのに手間取っちゃって、と笑いながら言う

このの言葉で二大怪獣対決はすんなりと回避され、再び穏やかさを戻す場。


大石は本気でこんな人がいてくれたらいいのに、と切に思い、

宍戸はってすげぇなぁと改めて思ったとか。






「ところで。」

いつかのように、不二が切り出した。

彼には怪獣大対戦の暗雲など知ったことではない。

「またお聞きしたいのですが…。さんは、水の精霊と…王と契約していらっしゃるんですか?」

そう考えなくては納得できないことがいくつもあった。



不二とて上位精霊に触れたことがないわけではない。だからこそ思うのだ。

いくら跡部が王、彼らが上位精霊であるとしても、あの力は強すぎるのではないか。

そして彼らは何一つ媒介を用いずにこの人間界に現出していた。

媒介なしでの現出とあの力の使い様。

何者かと契約し、人間界と結びつきがあると考えるのが一番簡単な解決法である。しかし。

「今更隠しても仕方ありませんね。私は景吾と契約を結んでいます。」

これもあっさりと答える

それには乾が反論する。

「しかし、魔術師であるあなたが、何故精霊の王と契約できるのか、納得がいきません。

古代魔術の時代と今とでは、精霊に対する制約が違うなどの理由があるのでしょうか。」



そうなのだ。

精霊と契約するにはそれだけで莫大な魔力を消費し続ける。

相手が王のクラスならば恒常的に払う魔力も、不二には理解できないような量であることは当然に予想される。

そして、精霊と契約している状態では大きな魔術は−−−が先日用いたような魔術は命に関わるか、

たとえ命を燃やしたとはいえ、が常識を超える魔術士であることを考慮しても、

あのような魔術を連発できるとは考えられなかった。

それが、今の常識であった。



「いえ、精霊との契約やそれにかかる制約は、皆さんが知っているものと同じだと思いますよ。」

「ならば何故あなたは精霊と契約してなおあのような魔術を使うことができたのですか。」

手塚の今までとは違った鋭い指摘に、場が一気に緊迫したようだった。



の力は一個人の持つべきものではない。

今は王の信頼も得、森を管理することも問題ないとはいえ、もしが国に仇なそうとしたときに、

国を守るべき自分たちが勝てるとは、とても思えないのだ。

この答えによっては、を脅威と想定した上で話し合わなくてはならない可能性もあるし、

この家に何かがあるのなら、王に許可を取った上で探索しなければならないかもしれない。

決してを敵とは思いたくなかったが、彼らは国を守る責任を負うのだ。


緊張を持っての答えを待つ近衛と、その出方次第ではと構える精霊たち。


そんな中ではうーん、とひとしきり悩んだあと、にこりと笑ったあと、顔を上げ、言った。


「それは、」

『それは?』






「企業秘密です。」






どんな企業だよ!とその場にいた誰もが思ったが、

にこにこと笑うに逆らえるものは、生憎、存在しなかった。









「ふーん、でさ。」

またもや若干顔を頬をあかく染めたリョーマが、それを隠してぶっきらぼうに言う。

「ここにさん以外、人間はいないわけでしょ。」

「そうですね。」

事件の最中に不二が忍足や向日、芥川の存在に気づき、予想はしていたことだが、改めてがそれを肯定する。

リョーマは大きな目に力をたたえ、ひたりとを見据えて言った。

「もう街には来ないの?」

言外に一緒に行こうよ、というニュアンスを含ませて。

それを悟ってか、口々に近衛たちがに誘いの言葉をかける。

「そうだよ、俺たちと街に行こうにゃー。」
人懐こい笑みで目一杯誘う菊丸。

「人がいないのは寂しいでしょう?」
僕だったら寂しい思いはさせないけど、と続ける不二。

さんさえよろしければ、王城に部屋を用意します。」
どんな権限かわからないが、実現するであろう乾。

「あの、いてくれるととても嬉しいのですが…いや、無理にとは言いませんが。」
胃を抑えながら、恐る恐る願い出る大石。

「是非、魔術について講義していただきたい。」
相変わらず堅苦しいけれど、幾分か柔らかい表情の手塚。

「俺も、あの、もっとお話がしたいです。」
控えめに、しかしちゃっかりアピールする河村。

「そりゃいいね!来てくださいよ!」
「是非来てくださいっす!」
いつの間に戻ってきたのか、誘いだけかけてまた喧嘩を始める桃城と海堂。

「ね、いいでしょ?」
覗き込むように、小悪魔の笑みを携えて、リョーマ。


黙ったままの


精霊たちは動かない。跡部さえもじっとを見つめている。




すべての者が注目する中、がゆっくりと口を開いた。

































森に、夕闇が迫る。

空を見上げれば、星がその光を主張し始める頃だろう。

もう既に、近衛たちの姿は、森の木々に紛れて見ることが出来ない。

木々を優しく揺らす、静かな風だけが吹いていた。

そうして暫く森を眺めたあと、視線は森から変えぬまま、跡部は少し前に立つ向かって呟く。

「良かったのか。」

いつの間にか視線を森から空へと移していたは、ゆっくりと振り向き、小首をかしげる。

「何が?」

跡部はゆったりとした動作で手を伸ばせば触れ合う位置まで歩き、歩みを止めてまっすぐにを見る。

「あいつらと行かなくて。」

二人の間を、幾分か冷めた風が通り抜ける。

まっすぐに跡部を見返したは、そっと跡部に手を伸ばし。

「行きたいといっても行かせてくれないくせに。」

はちょっと拗ねたように跡部の前髪を引っ張っりながら言う。

「そうだな。」

そんなの仕草に、跡部は笑いながらその身体に緩く腕を回す。









「ねぇ、景吾。」

暫しの間、無言のまま体温を分け合っていたが、顔を上げ、跡部を通り越し、空を見上げながらが言う。


「私ね、この空の涯てには何があるんだろうと思っていたの。」


跡部は何も言わない。ただ黙ってを見る。


「人間界のはて、神界、精霊界、次元のはて…いろいろあったけれどね。」


その広い胸に頬を寄せ、が続ける。


「結局私が生きるのはこの森の中で、景吾たちの中なんだなぁ、と思ったの。」




風が、流れる。


跡部の手が、の髪に触れ、そっと、優しく撫でる。






「そうか。」

「うん。」










ー、あとベーご飯できたよー。」

「今日はすごいぞー!」

「岳人は何もやってねぇじゃねぇかよ。」

「宍戸さん、そんなこと言っちゃだめですよ。」

「ほな、はよう来ぃやー。」

「ウス」


もう暗くなってしまった周囲に、家の光が暖かく見える。

向日と芥川は窓から身を乗り出し、落ちそうになって宍戸に止められ、その後ろでは鳳が笑っている。

樺地がドアを開けて待っており、反対側では忍足が佇む。

そんな様子に、日常とかした風景に、と跡部は顔を見合わせて笑い、どちらともなく手を差し出す。



「帰るか。」

「ええ。」



手が重なる。



待っているのは私たちの家。














私は生きる。

たとえ、人がいなくても。

たとえ、世界が滅びても。

優しい水たちが、いてくれる限り。

ずっと、ずっと。




















青学編  了









あとがき





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