火、土、風、そして水。
世界を構成する精霊を大きく分けるとこの四つに大別される。
例えば、森の精霊なら土や水に、光なら火や風と結びつきが深い。
精神を司る精霊も、怒りなら火に属す、というように考えられているため、精霊をおおまかな属性に分けるなら、
この4つのどれかに属するということになる。
精霊は上位、中位、下位に分類され、ヒエラルキーを形成している。
不二が契約しているのは下位から中位、今回筒の中に閉じ込められていたのは下位精霊である。
上に行くにつれて自我が芽生え、その力も増大していくため、こちらの世界に具現化する際も、
上位の精霊ならば例えば人間を模したような、望んだ姿で現れることが多い。
その頂点に立つものがそれぞれの王と呼ばれ、古代、その存在は確認されている。
しかし精霊使いが減った今、力も弱まった現在、王の存在は半ば伝説と化していた。
その王と思しき存在が、目の前にいるのだ。
腰を抜かしたように座り込む男も、固まってしまったような近衛も、
誰も、動くことさえ出来なかった。
誰もが言葉を失い、跡部を凝視する。
部屋の中心に立つ跡部は不敵な笑みのまま並び立つに小さく何かを告げる。
部屋は、跡部を除いて静寂に包まれていた。
倒れた筒から、流動する精霊の輝きだけが、壁に反射し、複雑な陰を映す。
しかし、青色の筒は四本の筒の中でも、輝きも少ないのが一目瞭然だ。
「すごいね!よくわかったね、跡部が水の王だって!」
場違いに明るい芥川の言葉が、先ほどの不二の言葉を確実なものとした。
彼は、跡部は、伝説と化している水の王なのだ。
それを肯定した芥川も、を除いた他の二人も、只者ということはないだろう。
そして、それはすぐに知るところとなる。
「まぁ、水いうても氷の方が俺らは好きなんやけどなぁ。」
そう言って忍足が軽く手を振ると、何も無かった空間から、彼の周囲に無数の氷柱が出現する。
その圧倒的な力と氷の美しさに、再び息を飲む音が聞こえる。
それをさっぱり無視し、忍足は跡部に問う。
「跡部、ええか?」
「ああ。」
跡部の短い了承のあと、再び忍足が手を振ると、氷柱はまっすぐ、一本の狂いもなく横たわる筒に襲い掛かる。
忍足の氷は、多少の時間を持って輝きの少ない筒−−−水の筒を破砕するが、
その水は地面に触れる前に、近づいた向日の手に吸い込まれていく。
「彼らも精霊だ。それも、上位の。」
忍足や向日の様子を見て、不二が断言する。
「彼女もかい?彼女は先ほど魔術を使ったようだけど…?」
いつの間にそばに来たのか乾が問う。
「いや、彼女は違うけれど…でも何か…。」
違和感を感じる不二だったが、その違和感の正体はわからぬままであった。
ただし、彼らが敵でないことは明らかであり、その力も彼らの及ぶところではないので、
とりあえず傷ついた身体を休め、魔力の回復のためにもこの場は静観することにした。
もっとも、最悪彼らとも戦うことも考えなくてはいけなかったが。
「硬いなぁ。俺の氷柱でも時間かかってもうたわ。」
「はっ、お前の氷の質が悪いんじゃねぇの。」
「ちゃうわ、俺の氷はいつもぴかぴか精霊にっこりやで?」
筒の表面を壊す感触を感じ、感想をもらす忍足にすかさず突っ込む跡部。
このまま放っておくと二人の冷戦は周りを巻き込みかねない。
決してが冷戦に巻き込まれることはないが、後ろで向日が怯えているのを見て、即座にがフォローを入れる。
「あれも古代魔法で強化されていたから、侑士の氷が悪いわけじゃないよ。」
やろ?と自慢げな忍足と、強化なんて関係ねぇよ、と毒づく跡部。
再び険悪になろうかという雰囲気を、わかっているのか芥川が一蹴する。
「そんなこともわかるんだー!」
そう言いながら、の背中にくっつく。
にやりと笑った忍足が、ちらりと跡部を見て、続く。
「やっぱ好きやわぁ〜。」
「お前ら…!ジロー、忍足、にひっつくな!!、こっち来い!」
「やだー俺離れたくない〜。」
「俺も〜。」
「……!!」
わいわいきゃんきゃんぴーちくぱーちく。
一気に緊張感のなくなった場に、向日がため息をつきつつを脱出させる。
後ろの三人は、がいなくなろうと関係なくそれぞれの氷を背負っての論争をはじめていた。
「どーする?俺が壊そうか?」
「うーん、水よりまだ中の精霊が多いから、まだ硬度が保たれていると思うの。だから私がやるから、あれ、お願いね。」
「任せとけ!」
底抜けに明るい向日の言葉。
その向日の言葉に微笑み、静かに精神を集中し始める。
そんな様子を見て、我に返った菊丸が筒の方向に魔術を放つが。
光を伴って進む魔術は、地面から突如生えるように現れた氷の結晶が、魔術を相殺する。
正確には相殺ではない。
氷の結晶はまだそこに残っているのだから。
いつの間にか真面目な顔に戻った跡部が、冷たい瞳で菊丸を刺す。
「邪魔をするな。」
「邪魔って…!早くこれを破壊しなきゃだめにゃ!」
跡部の視線に一瞬気おされた菊丸だが、気を取り直し跡部に食って掛かる。跡部は気にした風もなく、
視線をの方に寄越し、言葉だけを続ける。
「これを無理に破壊すると、一気に精霊の力が溢れてとても危険なんだよ。そんくらい分かれ、ばーか。」
「ばかとは何だよー!」
「菊丸。」
菊丸の抗議は、厳しい手塚の呼ぶ声によって封じられた。
が力ある言葉を紡ぐ。
「我が右手に何人も防ぎえぬ鋭き剣を。我が左手に何人をも薙ぎ払う風を。」
呪文により、魔力による圧力が実際の風を伴い、を中心に荒れ狂う。
呪文の内容は男や近衛たちが用いるものと同じである。
しかし、それを構成する言語は異なるものであり、菊丸や海堂にはが何を言っているのか理解することはできなかった。
「古代魔術だ!」
風から顔をかばいつつ、大石が叫ぶ。
部屋を吹きすさぶ風により、身体を起こしているのは困難となり、再び男と近衛は地に伏す。
風が最高潮に達し、右手に集まった光が眩く感じるようになり、そして。
「今、我、解き放たん。」
最後の言葉によって集約した力は、紛うことなく正確に三本の残された筒に突き刺さり、易々と筒を破壊する。
澄んだ音共に破片となる筒。
中の精霊は破壊された瞬間筒の中での流動を停止し、静まったかに見えた。
だがそれは次の瞬間、輝きを伴って一斉に溢れ出す。
火や風が来ることを予想し、頭をかばう海堂だったが、いつまでたっても来ない衝撃と熱気に、
不信に思い、顔を上げると、そこには。
それは、夢のような光景だった。
いつ手にしたのかが向日に言った「あれ」
−−−忍足は薄青色の、向日は黄色の、芥川は赤色の鳥篭のような物体を手にし、
精霊たちは迷うことなく一気に同色の篭の中へと吸い込まれていく。
精霊に苦痛の表情はなく、舞うように軽やかに篭に吸い込まれていく様が美しい。
短い幻想的な光景が終わり、最後の精霊が吸い込まれたあと、部屋は精霊の光がなくなったため、
いささか暗いと感じさせる空間となった。
籠を持っていた三人がそれぞれ意識を集中させると、篭は金色の光に飲み込まれ、光が収まったときには姿を消していた。
はジローに近づき、心配そうに篭を手にしていた指の辺りを覗う。
「ジローちゃん大丈夫?火だったから…。」
「うん、へーきだよ!の作ってくれたもんだからね〜。」
「そう、良かった。」
「いろんな人に協力してもらったもんね。」
微笑みあうジローとは大変に微笑ましい。
だが、篭、つまり魔術装置のレベルは、とても可愛いで済まされるものではない。
こちらの世界に現出している精霊を恐らくはそれぞれの−−火なら火の−−精霊界に強制転移させる。
言葉にすれば短いが、これは大変なことである。
現出している精霊は精霊使いの交渉を受けない限り自由に行動する。つまり、風を起こしたり土を隆起させたりするのだ。
いかに下位精霊とはいえ、あれだけの量が集まれば風を起こす程度ではすまないことは、近衛が身をもって体験している。
その精霊をすべて籠の中に集まるように仕向け、その際異種の精霊がぶつかることにより起こる被害も無効化する。
何より精霊界へのゲートを意思に応じてあけたままにすることを同時にやってのける装置を作成した。
一人の人間の所業ではない。
しかし、目の前にいる女性はいくら精霊の手助けがあったとはいえ、こなしてしまったのだ。
跡部の存在に続き、にまで圧倒された男と近衛たちは、最早思考することさえ出来ないでいた。
は静かにいまだ座ったままの男に近づき、声をかける。
「過ぎた力は、持つべきではないの。
それがわからなかったから、古代の魔術師と国は、滅びた。
あなたがやったことは、かつて世界を滅ぼしたことと同じなのよ。」
ゆっくり、諭すような美しい声。
その声にやっと顔をあげた男が、目の前の女性に問う。
いつかの手塚と同じことを。
「お前は…何者だ。」
その問いににっこり笑ったは、ちらりと座る近衛たちを見た後、答えた。
「・」
でも、と続ける。
「こう言ったほうがわかりやすいかしら。
最初の魔術師、と。」
「最初の、魔術師」
誰かが、呆然と繰り返した。
かつて世界は、今とは比べ物にならないくらいの魔術を持つ人々により、文明が築かれ、栄えた。
世界は明るく、何不自由なく人々は幸せに暮らしていた。
しかし人は精霊も魔力のように自由に使えるものとしたいという欲から、精霊を溜める塔を作った。
塔は無事機能し、成功したように見えたが、あるとき水を司る塔が崩れ落ち、世界は水に溢れた。
洪水は七日間続き、文明は流された。
塔が崩れ落ちるのを予見した魔術師が箱舟を作り、僅かながらも人は難を逃れた。
予見した魔術師は、船を作り、人々を救っただけではなく、地盤を固め、家を築き、法を教え、畑を耕した。
すべてを失った世界は、彼女の適切な指導の元、確実に復興へと動き出していた。
しかし国の運営が軌道に乗り始めると、気づいたとき、その姿はどこにもなかった。
何も言わず、何も望まず姿を消した救世主。
人々はその功績を讃え、こう後世に彼女を伝えるのだ。
この魔術師は、新たな時代を形作った、『最初の人、最初の魔術師』である、と。
『最初の魔術師』はこの世界に生きるなら誰もが一度は昔話として聞いたことがある名である。
勿論、当時の王家も、後世の魔術師も、様々な目的から彼の人の存在を探した。
だがどこをどう探しても資料は存在せず、時がたつにつれ、彼の魔術師は男であるのか女であるのか、
それさえも謎に包まれ、その存在すらも何かの例えであるとか複数の魔術師の呼び名だったとか憶測されるようになった。
今となっては伝説も偽称も飛び交う、まったく謎の存在なのである。
今言った彼女が偽称している可能性もある。
だが、が自らの名を述べ、呼称を述べたとき、同じような魔術的圧力が生じた。
魔術師にとって名はそれだけで一つの魔術的要素を持つ。
彼女が名乗った際の、あの圧倒的な魔力の輝きが、偽称で得られるとは思えなかった。
否、そんなことは関係なく、納得してしまった。
彼女は、は『最初の魔術師』なのだと。
世界を救い、築いた存在が目の前にいる。
只者ではないと思っていたが、その存在の大きさに、最早驚きを通り越して、滑稽だ。
これは何かの夢であろうか。
しかし、それは現実であるゆえに、もう既に、目の前で繰り広げられる事実を理解することを放棄した男が、思うままに声を上げる。
「う、嘘だ…」
「信じる信じないはそちらの勝手。
でも私は古代から生きる魔術師。だからこんな魔術も使えるの。」
静かに笑ったは膝まづき、男の額の前に、その手を掲げる。
「な、何を…」
「我が名において命ず。我望むもの、時の彼方に葬られよ。」
不思議な色の光が両の手から放たれ、光を浴びた男は虚ろな目のまま意識を失った。
「記憶を消したのか。」
が行ったことを悟り、乾が呟く。
「古代魔術の知識と私たちのことが広がるのは歓迎されませんから。」
立ち上がって意識を失った男を見下ろし、やはり静かに答えたは、振り返って近衛に向かって問いかける。
「みなさんのことは、信用していいのですよね。」
記憶を消すことなく。
の透明な視線に、気おされる近衛たち。
沈黙の後、その問いに剣を掲げ、頭を垂れて答えたのは手塚だった。
「越前王家の名にかけて。」
「ありがとう。」
花の咲くような笑顔に、そこにいたすべての人間が見惚れた。
思わず跡部が軽く舌打ちをするが、それに気づかないのか、そのままの調子では言葉を続ける。
「まぁ、王様はご存知のことと思いますから、帰ったら王子にも話してあげてください。」
顔を赤くしたまま、こくこくとひたすらに首を振る大石、菊丸、海堂。
そんな様子に微笑んだだったが。
ふら、と目眩を起こしたように倒れかける。
しかし、その身体が地につくことはなかった。
崩れるかけるを、あっさりと跡部が支える。
跡部はの腰に手を回して抱きこむと、目線を合わせ、少し怒ったような表情で言う。
「力の使いすぎだ。」
「大丈夫よ…。」
「もう終わった、眠れ。」
「あ、けい…」
跡部がそっとの額に口付けると、は言葉も言い終わらぬまま、跡部の腕の中で眠りにつく。
強制的に眠らされただったが、その寝顔はすべてをやり遂げたからか、跡部の腕の中で安心しているからか、とても穏やかだ。
の頬を愛おしげに撫で、もう一度額に口付けると、跡部はを抱えなおし、
近衛に向かって一言、言い捨てるように言った。
「あとは勝手にやっとけ。」
「なっ…」
その言葉に一気に色めき立つ菊丸や海堂。
それを横目に、
「まぁ、人間にしてはよくやったんじゃねぇの。」
というが早いか不敵な笑みだけを残し、跡部は金色の光を纏って消えてしまった。
「あーあ、いってもうたわ。」
呆れる忍足。
「あれでも誉めたんだよ。」
芥川が、若干優しく近衛に説明する。
ゆっくりとした足取りで、離れていた向日が二人に近づき、水の上位精霊三人が並び立つ。
三人は近衛の怪我の程度を見て、自力で歩けることを確認したのか小さく頷く。
歩けないような人間を放って行くことは、が悲しむことだから。
そして精霊を拘束していた残骸に目を走らせたあと、晴れやかな顔で、顔を見合わせる。
「ほな俺たちもいこか。」
忍足の言葉を合図にしたように、金色の光が、溢れる。
近衛の方を向き、向日と芥川が最後に声をかけ。
「怪我治せよ!」
「お大事にね〜。」
跡部と同じように鮮やかな金色を身に纏い、消えていった。
こうして、一連の事件は無事解決したのだった。
風のような衝撃を、近衛に残して。
続