「まったく、けったいなもん作りおうて。」

「馬鹿だね、馬鹿。」

「そんなもんだよ、人間なんて。」

はぁ〜と音が聞こえそうなほどのため息と共に忍足。

軽い口調で簡単に言ってのける向日。

無邪気に、恐らく無自覚に毒づく芥川。

そして。






は音もなく前に進み出ると、男を通り越してまっすぐに精霊が捕らえられた筒を見上げる。

その場にいたものは、を知る者、知らない者、関係なしにの表情を伺うが、

白皙の美貌からは何も窺い知ることが出来なかった。

並んで立つ跡部は、無言のまま眉をひそめるだけである。




他の三人は初対面であるが、手塚、不二と乾にとっては、と跡部は二回目の対面となる。

しかし、二人の雰囲気が厳しいからであろうか、状況のためであろうか、何かが森の中とは違っているように思う。

どこかぼんやりとした頭で思考することを、男の耳障りな口調が遮った。


「おや、まだ近衛のお仲間がいたのか。助けにでも来たかな。」

少女のような風貌のを見とめ、あやすような口調で言う男。

はやっと男の方に向き直り、至極簡潔に答える。

「いいえ。」

は動かず、多くを語らず。

言葉のみに、力を乗せる。

「精霊を、解放するために。」









空間が、圧力を持つ。









この言葉は実現する。



目の前の女性が誰であるかはわからないが、そう、海堂は理解した。

そして、この女性こそが、森を守っていた人なのだと。



さん…」

手塚がやっとのことで声を発する。

は負傷した近衛たちに一瞬痛ましそうな視線を送るが、すぐさま視線を男に戻し、表情も失う。



一人状況のわかっていない男は、大げさに両手を広げ、悦に入った口調で目を異常に輝かせ、芝居がかった口調で語る。

「不思議なことをいうお嬢さんだ。この状況を見てもわからないのか。

天下の近衛でさえ、この様だ。怪我でもしに来たというのか?

しかし美しいな、君は。なんなら私が可愛がってあげても」


「黙れ。」


調子に乗る男の口上を、不機嫌な跡部の一言が強制的に終了させる。

森の中でも跡部の機嫌は決して良いというものではなかったが、今日はその目にも言葉にも、

それだけで人を殺せそうな凶暴性を孕んでいた。

「くだらねぇこと言ってんじゃねぇ。さっさとあいつらを解放する言葉を教えろ。」

「…あいつらとは?」

自らの言葉を遮られ、不機嫌になりながらも興味を駆られたのか律儀に返す男。

それにはが跡部の言葉を補足して返す。

「精霊を解放する言葉があるはずよ。

それを教えれば、この場はあなたの身柄を近衛様に引き渡すだけにしましょう。」


静かに紡がれたの言葉と内容に、半ば仰天する近衛たち。

男はの圧力に自らのペースを崩され、引きつった笑みを浮かべながらも尊大な態度を崩そうとはしない。

「はは、何を偉そうに。反省するがいい。

ーー火よ!」


男の手から、広範囲の炎が5人を襲う。

近くにいた乾は身を挺してでもを守ろうと駆け出すが。




「守れ」




が小さく呟き手を伸ばすと、薄い紫色の膜がの伸ばした腕の先に発生し、

壁でもあるかのようにこちらには熱気も伝わってこない。

近衛たちが驚きに目を見張る。





「そんな、魔術だと…!」

手の中の円錐状の結界起動装置を見つめる男。男の手のひらの上で、円錐は確かに作動中の淡い光りを放っている。

そんな様子に、芥川がこともなげに教えてやった。

「それは弱めるだけで、魔術を無効化するものじゃないよ。」

「近衛の魔術さえも殆ど無効化した、古代の秘宝だぞ!!」

大声を張り上げ、手にした円錐を振りかざしながら、取り乱したように叫び続ける男。

男を哀れむような目つきで見るが、芥川に続く。

「そうね、それは古代魔術時代の遺品。魔術感知不可の結界を敷き、内部の魔術を抑える。まったく」

まだそんなものが残っていたなんてね。

呟きは、隣でを守るように立つ跡部にしか聞こえないものであった。

跡部はそんなの態度に小さく息を吐くと、静かに名を呼ぶ。

息を吐き、小さく、困ったように笑う

その笑みは、儚い。



いますぐにでもこの胸に抱えて帰りたい衝動を抑え、跡部は言葉すくなに命令を下した。

「岳人」

それだけで理解したのか、向日が後ろからの肩を軽く叩き、男に向かって走り出す。

それは先ほどの菊丸の行動を思い起こさせ、男は余裕を取り戻したのか、構えることもなくその様子を見ていたが。





気がついたときには向日はそこにいた。





「なっ!?風の結界が…!!」

にっと笑った向日が、悲鳴に近い言葉を発する男の手から易々と、結界起動装置を奪う。

起動装置を手にした向日が軽く手を振ると、鉛色の円錐は金色の光に包まれて消滅し、

再び金色の光をまとって現れたそれは、離れた跡部の手に収まった。

跡部は一瞬確認するように起動装置を見た後、隣にいるに手渡す。

受け取ったは片方の手のひらに起動装置を乗せ、その手に僅かな力を込める。


「だめだ、それを壊そうとすると弾き飛ばされる!」

の行動に、気づいたように大石が叫び声をあげる。

それを聞いたは、大石に大丈夫、と言うように軽く微笑み、まるで生徒に言い聞かのごとく、

起動装置の表面に指を滑らせながら言った。

「そう、古代魔術の道具には、それ自体に優れた守りの結界が張られているの。」

それだけを言うと、は傍らに立つ跡部に少し離れるように告げる。

話についていけず、戸惑う大石に、でもなぁ、と声をかけたのは、忍足だった。

「どない優れた結界やろうと、許容量を超えてまえば、崩れるのが道理ってもんや。」

「えっ?」

いつの間にか部屋の中心に立ったが目を細める。





それはほんの一瞬のことだった。





光が、


溢れる。







一瞬で、ありえない量の魔力が部屋中に溢れ、の片手に収束する。

実際に視覚的な光が生まれたわけではなかった。

しかし、初めて見る魔力そのものの眩しさに、近衛と男たちは一斉に顔を背け、

立っていられないほどの圧力を感じ、ひれ伏す。


魔力の余波が収まり、やっと顔をあげた男たちが見たものは。




ぱりん




あまりに呆気ない音を立てて崩れ去った結界起動装置の残骸だった。
















無言で近づいた跡部は、そっとの手をとり、手のひらに残る起動装置の破片を丁寧に取り去っていく。

さらさらとこぼれる残骸が手を傷つけるものとは思えなかった。

しかしは微笑みながら、跡部のしたいようにさせる。

そこに忍足が近づいていき、大丈夫か?とに軽い声をかけるが、これは手を心配してのことではなかろう。

そんな様子を横目で見つつ、いまだ座ったまま呆然と起動装置の残骸を見つめる男に芥川が近づく。

「ほら、結界のもが壊しちゃったよ。もう諦めて言葉教えてよ。」

座る男に目線をあわせ、覗き込むようにして尋ねる。

芥川の口調は、無邪気でまっすぐだ。

だからこそ、男は激昂した。

「うるさい!私には精霊がある!無限の力だ!」

「精霊も使いすぎたらいなくなっちゃうけど。」

立ち上がって叫び立てる男に、芥川は素直な感想を漏らすが、すでに正常な思考を持たない男は、

金切り声のような、正常でない声で叫び続ける。

「構わん!精霊などまた集めればいい!!私は…」

「ジロー。」

男が芥川に危害を加えられるとは考えにくい。

それでも跡部が芥川を呼び戻したのは、単に錯乱する男の側に自らの仲間ーー芥川ーーが

いることが気に入らなかったのであろう。

それほどまでに男は乱れ、虚勢も張ることもできない姿は、醜かった。



まるで、人間の欲深さを代弁するが如く。







男は両手を広げ、まっすぐに上に向かって突き出し、叫ぶ。



「許さん…!

風よ、私を守れ!

水よ−−−−−−奴らを滅ぼせ!!!!!」



その言葉に、今までとは比べ物にならないほどの水が天井付近に現れ、男以外のすべての者の視線を集める。

大量の質量ゆえに、ゆっくりと降りてくるように見える、先は凶悪な錐状の水を、

近衛たちは呆然と見上げていた。



男が勝利を確信し、凶悪な笑みを浮かべて手を振り下ろす。

水が襲い掛かり、近衛の誰もが諦めたその一瞬後。









膨大な水の奔流は、かざした跡部の、


その腕一本で防がれていた。






















それは、時間にすれば僅かだったのだろう。



水は吸い寄せられるように跡部の腕に集まり、開いた手のひらに吸い込まれていく。

質量と勢いゆえに、吹き飛ばされることも予想された。

が、跡部は一歩も動くことなく、その表情にも余裕すら窺える。



天井に集まったすべての水が消えたとき、すべてを飲み込む静寂の中、男が膝をつく音だけが響いた。






ただただ驚きの表情を浮かべる不二を除いた近衛たち。



一人、不二は悟る。

そして戦慄く。

こんなことができるのは。君は。



「水の王、ケイゴ・アトベ!!」












跡部は、不敵に笑った。


























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