菊丸が奔る。


菊丸の後ろでは、大石がいち早く菊丸の援護をするため、男の周囲に小さな爆発を起こす魔術を唱え始める。

大石の魔術は正確だ。相手に当てずとも足を止めることが出来る。


菊丸に続き、海堂が走り、それを見て乾は拘束の呪文を選び、唱える。

不二は自らの風の精霊を呼び起こし、光り輝く精霊の筒を破壊するよう命じる。

手塚は動かない。


菊丸は走りながら、口の中で呪文を唱え、身に着けている小振りの剣を取り出す。

見たところ相手は丸腰である。

剣によって傷つけようとするのではない。牽制のためだ。

相手に呪文を唱えさせる暇も与えず、あと二歩ほどで男に手が届くという距離に菊丸が達するが。




弾き飛ばされたのは菊丸だった。




「エージ!…光よ、穿ち打て!」

叫びながらも大石は魔術を完成させ、爆発を起こす。

しかし、それは僅かに閃光が漏れたのみで、とても爆発などというレベルのものではない。

「!?」

「我、念ず。その者の四肢を拘束せよ」

困惑する大石に続き、乾も男に向かい、男の行動を拘束する魔術を唱えるが、これも発動はしたものの、

明らかに弱い力のため、男によって弾き飛ばされる。

続けざま大石が重力操作の魔術を用い、男の周りを極端に重くするが、男は一瞬膝を曲げた程度で耐え、魔術は役目を果たし、霧散する。

遅れてやってきた海堂が菊丸を助け起こし、自分と男を隔てる見えない壁の存在を知る。

そこには不可視の壁があったのだ。

そして、菊丸には見えずとも、海堂にはその正体を知覚することが出来た。

「これは…風!」











そのとき不二はそびえ立つ筒を破壊するべく、地の精霊を召喚し、使役のために意識を集中していた。

この筒が何であるかはわからない。

しかし筒の中の精霊が苦悶の表情を浮かべているのだけで、彼にとっては破壊するに値した。

完成した呪文は大石たちの魔術とは違い、正常の威力を発揮し、地割れを起こす。

筒は三本とも均一で、細く長い。

光る部分は不二の頭よりも高い位置からはじまり、それを支える土台は見たところそれなりの重量もありそうだ。

そのため、光を発するところに手を届かせるには土台を崩すか、あわよくば倒れた衝撃で筒が破壊されないかと考えたのだ。

不二の思惑通り、地割れによって激しい音を立てながら4本の筒はそれぞればらばらの方向に倒れる。

中でも赤い筒が、地割れの衝撃を受けて勢いよく地面に叩きつけられ、轟音が部屋に響き渡る。

あまりの衝撃に土埃が立ち、一瞬、そこにいたすべての人間がバランスを崩す。

土埃が収まったそこには。

傷ひとつない筒が転がっていた。




若干驚き、目を開く不二は。

動揺を隠すように続けて風の精霊に筒への攻撃命令を出すが、筒の表面が輝きを失うことはなかった。

風の結界を越えてこちら側に倒れてきた青い筒に手塚が近づいて膝をつき、

中を確認するようにまじまじと見たあと、呟く。

「精霊をこの中に集めて利用しているのか…。」

手塚の言葉の苦々しい響きに男が陶酔した歓喜の声を張り上げる。

「そうだ!私には無限に近い精霊の力がある!!誰も手にしたことのない力だ!!」

「そんな、精霊使いでもない人間がいくら集めたからといって精霊を使えるわけがない!」

「それが、できるのだよ。」

不二の叫びに、にやりと哂う男。

乾はなおも魔術を、海堂は抜き放った剣で直接打撃をと必死で攻撃を仕掛けるが、筒が割れる様子はない。

菊丸と大石は風の壁に魔術による攻撃を与えるが、精霊の壁はすさまじく、男の言葉を肯定するだけだった。









すらりと長剣を抜き放つ手塚。

攻撃をしかける仲間4人をじっと見ていた乾が考察の結果を述べる。

「あなたは精霊を集めているだけじゃない。この部屋に何か魔術だけを抑える結界が張っている。

でも壁に書かれている魔術文字はフェイクだ。どこかに核があるんだろう?」


乾の物言いは、挑発に近いものがある。

しかし自分の絶対有利を信じる男は、あっさりとそれを手にした。

「よくわかったな。」

自慢げに男は懐から円錐状の片手であまる大きさの、鈍い鉛色の物体を取り出し、掲げる。

「ふふふ、この結界起動装置は、指定範囲内の魔力を外に感知させないだけのものなのだがな。

副作用的な効果で、一緒に中にいる人間の魔力さえも削いでしまうことがあるのだよ。

まぁ、精霊の力を手にした今、私にはあまり関係のないことだがね。」


その言葉に近衛たちの間に新たな戦慄が走る。

相手の言葉を信じるならば、相手は見たことも聞いたこともないような莫大な精霊の力を保持している。

現に、自分たちの魔術では風の結界一つ破ることが出来ない。

その状況下でどうしたら良いのか。






手塚は無言のまま抜き身の剣を構え、走る。

気合と共に風の結界に向かい、剣を振り下ろす。

風が、舞う。

「結界を…」

「切り裂いた!」




驚きの声を上げる大石と菊丸。

よく見れば手塚の長剣にはうっすらと光が纏わりついている。

剣に魔力を与え、一瞬ではあるが風の結界を切り裂き、その間を逃すことなく結界をすり抜ける。

さらによく見れば、手塚は男から離れた場所の結界を切り裂いている。

離れているだけあり、結界が薄いことをこの僅かな時間で悟ってのことであろう。

そんな手塚の所業に乾は感嘆し、菊丸はいけぇ!と声を高める。

迫る手塚にも焦ることなく、男は淡々と、嫌な笑いを張り付かせたまま言葉を紡ぐ。

「魔力が使えないなら剣で補うか。風の結界を破るとは、さすが、王国でも名高い手塚様だな。

−−しかし」


男が手塚に向かって手をかざす。

「私が使っているのは風だけではないのだ。火よ!」


倒れている赤い筒が一瞬強く光る。

次の瞬間、男の手からはすさまじい炎の渦が生まれ、手塚に向かってまっすぐに進んでいく。

「手塚!」

不二が風を取り出し、火線と手塚の間に風の壁を作る。

が、火の勢いは抑えきれるものではなく、手塚は一瞬にして炎に包まれてしまう。


そのとき大石が威力は低くとも、集積した魔力で意識の逸れた男の手から起動装置を弾き飛ばした。

その隙に手塚は素早く炎から脱出し、間合いを取る。少し火傷が見られるが、その足取りは確かである。

結界を越えて転がってきた起動装置にすばやく菊丸が飛びつき、地面に叩きつけて破壊しようとし、

円錐が地面に触れた瞬間。





装置から不可視の衝撃波が生まれ、近くにいた菊丸と海堂も巻き込んで勢いよく吹き飛ばされる。




「エージ!」

「海堂!」

大石と乾が駆け寄るが、二人のダメージは大きい。

起動装置に残る光の文字を見つめ、呆然と不二が呟く。

「あれは古代魔術…?」

男は再び転がってきた無傷の起動装置をゆっくりと手に取り、埃を払うと、

離れた不二に向かって突きつけるような見せ方をしながら満足げに答える。

「そう、これは古代の大いなる遺産なのだよ。結界つきの、な。

君たちが苦戦する精霊も、その英知によって私は自由に使役することができる。

うかつに、壊そうとなどしないことだ。」


今度こそ、沈黙が、落ちる。









「さて、これで諦めがついたかね?君たちは私に勝てない。

今なら君たちを私の部下にしてやってもいいんだぞ。」

「誰が!」

即座に答えた海堂が、乾の制止を振り切って男に向かって駆け出す。

しかしそれは突然盛り上がった土に阻まれ、海堂は鋭い錐状になった土と戦闘を繰り広げる。

大石、菊丸もそれに続き、男めがけて走るが、こちらには火の洗礼が。

不二と乾は精霊と魔術の力をあわせて風の結界を一瞬無効化した後、男に向かって剣を構えるが、

乾は後ろから迫ってきた風の結界に押しつぶされ、不二は海堂と同じく土によって足を取られ、

動きが止まった瞬間を炎の狙い撃ちにされる。

手塚は激しい剣戟を男に加えるが、すべて男が身にまとう、風の結界らしきものにはじかれ、

鋭い風によって横なぎにされ、膝を突く。



次々に生まれる精霊の攻撃。

近衛は弱まった魔術と体術を駆使して男に近づきはするものの、ある者は倒れ、ある者は飛ばされ、ある者は血を流す。







一度引いた方がいいのだろう。

弱まることのない相手の力に、手塚は剣戟の手を休めず考える。

しかし力に憑りつかれた男が黙って帰してくれるとは思えず、

仮に自分たちが外に出ることが出来たとしても、戦いの場が王城に移るだけであろうことは容易に想像がつく。

男の狂気と支配欲に染まった笑い声を聞きながら、手塚は刺し違えてでもここで男との決着をつけることを心に決める。

他の5人も同じ考えだったのだろう、その傷は決して浅いものではなくなっていたが、

諦めることなく男に向かって攻撃を続ける。

攻防、といっても男の一方的な攻撃が続き、それでも近衛に絶望の表情が浮かばないことに男は不快そうに

手で軽く払う動作をし、若干苛つきを見せた後、思いついたように狂った瞳を輝かせる。



「まったく諦めの悪い。

ここまでやりたくはなかったのだが仕方ないな。

−−私もこれを作ってから知ったのだがね、四大精霊と呼ばれる精霊の中で、一番攻撃力があるのは水なのだよ。

威力もわからないし、部屋が濡れるので私もまだ試したことはないがね。」


びくり、と反応する不二の態度が、それが本当のことであることを告げる。

その様子に、残された近衛たちは、力を振り絞って構えを取るが、表情には苦痛と諦め、様々な感情が浮かぶ。

「かつての同僚の餞に、水の攻撃を実験するのもいいだろう。」





男が手をかざし、近衛たちの命も風前の灯火かと思われた、そのとき。






「まだ、こんなものが残っていたなんてね。」



部屋の後方から響いたのは、美しい女性の声だった。



男が手を止める。

息も絶え絶えに、近衛が振り返る。











そこには、5人の男女が静かに佇んでいた。























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