「在野の魔術師など、珍しいものではないでしょう。」


未だ香り高い紅茶のカップを手にし、はにっこりと笑みを浮かべ、かわす。

その表情には先ほどまでと変わらぬ笑みが浮かべられており、何ら動揺を感じさせなかった。



確かに、魔術師の最高峰は近衛騎士団または王家直属の魔術師集団とされているが、

それはあくまで建前であり、実際はそれ以外にも優れた魔術師が多く存在する。

街には公認の魔術学校が存在するし、非公認の魔術学校に優れた師が隠れているという例も少なくない。

そもそもほぼすべての人間に魔力は存在するのだから、国民全員の力量を把握せよ、というのは無理な注文であった。



「しかし、それにしても…。」

納得がいかず、思わず声を上げる手塚に、答えたのは今まで沈黙を守っていた跡部だった。

「相手が近衛だからといって、発見した魔術をすべて公開しなければいけないなんて法はなかったよな?

こいつの魔術を公開させて奪おうって言うならもう話すことはねぇ。お引取り願おう。」

高飛車に相手を見ることもなく言い放つ跡部。

自らの仕事に責任感と誇りを感じる手塚は当然に激昂する。


「奪おうとなどしていない!ただ、国家にとって脅威になるような魔術が発見された場合、

それが国家の危機になることも想像されるため、尋ねているだけだ!」


国家にとっての脅威が発見された場合、対処にあたるのは近衛騎士団ではなくその下の戦闘部隊、

と呼ばれる集団が先鋒となる、というのが一般論である。

しかし、国内で何かが起こった場合は、近衛騎士団第二隊が先見、先鋒を務めることが多く、

これは城内の納得するところというか周知の事実である。

それがすべて第二隊の優秀さに起因して認められるならば、手塚も喜ばしいことなのだが、

「若い者は喧嘩っ早くて仕方ない(王子含む)」

という認識の上、微笑ましい目で見られていることは承知であり、

それが隊長補佐役の胃をいためているところでもあるため、第二隊の優秀さを周囲に認識してもらい、

国の危険は速やかに排除しなければ、と手塚としては正しい使命感に燃えるばかりである。



そんな手塚の生真面目で真摯な態度もどこ吹く風。


「あー、はいはい、盗賊が最初から盗みを認めるなんてないよなぁ。」

更に挑発するようなことを、余裕たっぷり、小馬鹿にしたような口調で跡部は重ねて言う。



−−恐らく、わざとやっていることなのだろう。



「盗賊などとは無礼な!そもそもお前も何者なんだ!」



場が静まる。

それは、そこにいる樺地を除いた全員が聞きたいことだったが、二人の雰囲気に圧倒され、聞くことが躊躇われていたのだ。

突然静まり返ったことに手塚は、彼にしては珍しい困惑した表情を浮かべ、

同時に同じく成り行きにやや困った雰囲気のをみとめ、

何故かそんな顔をさせてしまった自分が悪いことをしているような気分になってしまう。

その空気の中でも、跡部は自分のペースを崩すことなく、平然と、傲慢に言い放った。



「俺か?俺はこいつの守護者だ。」



そういっての髪に唇を寄せる。

その跡部の態度に、跡部と手塚の間には青い火花が散るようだった。

景吾、とは少し嗜めるように跡部に言い、正面を向かっていきり立つ手塚に言った。


「無礼な言葉があったことは認めます。

しかし、私の魔術を公開することはできません。」

申し訳ないですが…と続けるの表情は本当に困っているようで、

上目遣いで言われた手塚は思わず目を逸らして沈黙してしまう。

そんな手塚に横目でリョーマは「隊長、ずるいっ」と呟き、乾は無言で見つめ、

は突然黙ってしまった手塚を不思議そうに、心配そうに見つめる。

沈黙を守る手塚の横から、こちらは別段普段と変わらない喰えない笑みを浮かべた不二が話を修正する。



「では質問を変えます。この森は異常に精霊力が高いですが、その原因に心当たりはありますか?」

その問いに柔らかな光のような笑みが戻る

これには不二も言葉を失い、これは手塚も無理ないな、と思う。

「よくおわかりで。」

は軽く微笑み、続ける。

「そうですね、以前からこの森は精霊力が高いことと、私が張っている結界には、

精霊がこちらの世界でも過ごしやすいようにする効果もあるからかもしれません。

不二様の契約している精霊もこの森では元気ではありませんか?」


「それこそ僕が精霊使いで、契約を持っているとよくわかりましたね。

確かに僕の風と土もとても元気なんですよ。何故お分かりで?」


「契約中の精霊使いには、特別なオーラがあるのですよ。」

の言葉でも聞こえたのか、隠れていた不二の風の精霊が姿を現し、部屋を一周する。

見た目には半透明の中世的な顔立ちに見える。風を起こす姿は軽やかに舞を踊っているようだ。

普段なかなか見ることの出来ない精霊の姿に、リョーマは興味を惹かれたようだった。






契約

元々は対価を支払うことにより一方を支配下に置くこと。

精霊使いは自らの魔力を対価に、精霊と交渉し、使役する。

一時的でなく一方の意思が切れるまで支配関係が続く交渉を特に契約と呼び、

契約関係に入った精霊は、基本的に他の精霊使いの交渉を無条件で無視することが出来、

また契約により世界にその存在が許されるため、容易に世界に来ることが出来る。

そのため扱える力も莫大なものとなるが、契約関係に入るには、精霊使いが己の存在と魔力を核に、

人間界に精霊を結び付けなくてはならないため、契約の交渉で莫大な、その後も恒常的に魔力を消費し続ける。





青国でも精霊使いはわずか。

海堂のように、精霊を見ることはできるが交渉の前段階、話すことができるような人間は精霊使いとは言わず、

不二のように契約ができるようになって初めて精霊使いの称号を得ることが出来る。

下位とはいえ、風と土、二つの精霊と契約を結び、常時傍らに置く不二は実力者といってよかった。





「それで、先ほどの答えで納得してくださったのでしょうか?それだけではないように感じましたけれど。」

いたずらっぽく覗き込むように言う

「敵いませんね。確かに僕たちの意図は別にあります。」

「不二。」

隣から嗜める手塚が遮るように言うが、それには乾がとりあえず意見を聞いてみようよ、と小声でとめる。

不二は続ける。

「最近国内で精霊の力が弱まっているのはご存知で?」

ええ、とはさも当然のように答える。

乾は魔術師である彼女が何故精霊のことを知っているのか疑問に思ったが、とりあえず成り行きを見ることにした。

「あまりに突然のことで、原因は何もわかっていません。

しかし、この森だけが依然高い精霊力を誇っている、そして僕たちの知らない高レベルの術士がいる、

ということが調査から想像されたのでここを訪ね、今いろいろとお聞きしているのです。

精霊の消失について、何かお気づきの点はありませんか?」

「そうですね…」




跡部が静かに呼びとめ、二人は一瞬視線を交わす。

それは一瞬のことであったが、意思を疎通するには十分であった。


「最近街に出たときに、不信な魔術の気配を感じるところがありました。」

「どこで」

不信な魔術、と聞いては黙っていられず、手塚が問いかける。

それには無言で指を鳴らし、その瞬間手塚の目の前に城下町の地図が現したことで答えた。

その鮮やかまでの魔術構成に4人は見惚れ、圧倒される。


「そこの地図の…そこですよ。」

が身を乗り出し、指をさすと、指定された場所が正確に赤く染まった。

またもや現れる高度な魔法技術に手塚と乾は目を見張り、

身を乗り出したことで一瞬香ったの髪の香りにリョーマは心奪われる。




が示した場所は、城下町の中ではあるが、あまり栄えていない、どちらかというと住宅街に近い場所であった。

以前は閑静な住宅地として人気を誇っていたが、近年あまりよくない噂が出回り、

日中は物寂しい雰囲気がする場所でもある。

乾は素早く持っていた自分の地図と照らし合わせ、そこには人の住んでいない廃墟しかないことを手塚に告げる。

人の少ない場所。怪しげな噂。魔術の気配。

今来ている場所が今回の現象に関係ないであろうと予測される以上、示された場を調べてみる価値はあるだろう、

と手塚は乾にうなづき、その後に向かって姿勢をただす。

「貴重な情報をありがとうございます。そして、このことはご内密に。」

そんな脅すように言わなくても、と他の3人は思ったが、は一向に気にしないようで、

「ええ。近衛様方が問題を解決してくださることを祈っていますね。」

そういったに4人は改めて見惚れるのだった。













その後は穏やかに改めてお茶の席が設けられ、運ばれてくるお茶やお菓子に4人は舌鼓を打った。

しかしそんな時間はあっという間で、日が翳ろうかとしたとき、手塚が帰還の号令を発した。

と魔術の話をしていた乾やリョーマ、精霊の話にも詳しいともっと話したい、

と不二までもが手塚に食い下がったが、彼らが目的をもってここを尋ねてきているのは忘れていないし、

目的が達成され、新たな情報を得た今、一刻も早く城へ帰り、情報を検討しなければならなかった。

4人は手早く身支度を済ませると、扉の前に立ち、見送りのために席を立ったと跡部にもう一度相対した。

「どうも、長居をして申し訳ありませんでした。」

「いいえ、大したものも出せませんで。」 代表して手塚が丁寧に礼を述べ、が返す。

乾や不二もと二言三言言葉を交わし、さぁ帰ろうか、という雰囲気になったその時。


「また、来るから。」

そういっての頬に素早く唇を寄せ、リョーマは満足気につぶやいた。








今までなごやかであった場が、音を立てて凍りついた。







後ろから、吹きすさぶ冷気が怖い。


跡部は固まるを引き寄せると、しっかりと腰を抱きこみ、首筋に軽く舌を這わせると

びくん、と反応するの耳元で美声を震わす。

「お仕置きが足りなかったか?」


いや、違うだろ、と残された三人は思ったし、

違う!と力いっぱい否定したかったであるが、

その様子を満足気に見た跡部は、もの凄い笑顔で言い捨てるのだった。



「二度と来るな。」



ばん、と誰もいないのに扉が音を立てて開くのを、は内心頭を抱えながら聞いたのだった。



















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