森は広く、その歴史は古い。
数代前の王が禁域と指定し、以来そこに住む者を管理人と定め、受け継がれている。
一応王権の及ぶところではあるが、私有地であり禁域という特殊な事情を持つ土地であるがために、
管理人や内部との接触は絶たれて久しく、先代の僅かな記録が残るのみである。
足を踏み入れる者がないわけではない。森は国境と面しており、森を出ると切り立った山々にあたる。
この山は隣国に属するが、またこれが人を拒むことで有名で、
足を踏み入れたものは何らかの理由で帰らぬ人となるか、精も根も使い果たして結局元の場所に戻ってしまうことが多く、
人々はわざわざこの森を通り抜けることなく、迂回してのどかな平野を通り、隣国へ行くのだ。
私有地であるが故に、何年か毎に所有者の更新はなされている。
しかしわかるのはその名だけで、その人物がいかなるものなのか、そもそも何故禁域に指定されたのか、
城の古老に聞いても、乾の腕をもってしても不明のままだった。
広大な森の中には青々と輝き、多くの湖や沼も点在し、青国随一の名を掲げても遜色ないところだろう。
環境がいいから精霊が多いね、と精霊使いである不二は嬉しそうに道中語る。
やがて王子リョーマ、手塚、乾、不二の四人は件の場所まで来ていた。
「ここがその結界が敷かれているところか…。確かに妙な気配がするな。」
菊丸と桃城が持ち帰った地図を片手に確認するのは乾だった。
彼はここに来るまでの間も、何の変哲もない森の風景を横目に、何やらしきりに自らのノートに書き込んでいる。
「ふーん、確かに魔術の気配がするっすねぇ。」
魔術を感知する力は先天のものであり、リョーマは菊丸に次いでその力が高かった。
菊丸、リョーマ、その二名が感じたということは、ここに何者かが張った結界があると見て間違いないのだろう。
そう結論付けた手塚は結界ぎりぎりに立ち、中の様子を伺うように目を細めた。
「不二は?精霊の力は感じるかい?」
「うーん、周りの精霊力が高いから多少は関係しているかもしれないけれど、これは純粋な魔術だと思うよ。」
不二の答えを聞き、乾は一歩下がった手塚に向かって声をかける。
「破壊する?」
やや過激とも取れる乾の発言にも手塚は表情を崩すことなく前方を見つめ、しばし逡巡のあと、
平素の彼にしては歯切れの悪い返答をした。
「いや、ここを管理する者が敷いたものだろう。理由も聞かず、一方的に破壊するのは忍びない。それに…。」
「この森を管理している人、聞こえてる?
俺、この国の王子なんだけど、話があって来たんだよね。入れてもらえない?」
「王子…!」
驚く三人もなんのその、リョーマは大胆にも中へ呼びかけた。
暫く4人は動きを止め、じっと構えるが何の反応もなく、手塚がリョーマを窘めようと口を開きかけたその時。
目の前の空間が一瞬歪み、そこに現れたのは無表情、黒髪で体格の良い、背の高い青年だった。
青年はゆったりと礼をした後、驚いて目を開く4人を見回し、表情の無いまま言うのだった。
「主人がお待ちです。ご案内いたします。」
案内されたのは開けた場所に立つ平屋の家だった。
可愛らしい雰囲気のする扉を開けるとそこはすぐにリビングになっており、広く取られた窓からは明るい光が差し込んでいる。
入って右手に中の様子は伺えないが恐らくキッチン、部屋の正面には三つのドアが見られ、
中央には木で作られた丸いテーブルが置かれていた。
入った部屋には一人、近衛の彼らと同じくらいの年齢の、非常に整った容姿を持つ青年が居た。
青年は正面の壁にもたれ、目を閉じていたが、4人が部屋に案内されてくるとゆっくりと目を開ける。
さらりとこぼれる柔らかそうな髪、はっきりとした整った顔立ち、青い意思の強そうな瞳。
その均整の取れた体からは王者とでも言うべき風格がにじみ出ていた。
青年は不機嫌そうな雰囲気を隠そうともせず入ってきた四人を視線のみで威嚇した後、
無言のまま向かいの四つ並べられた椅子を顎で示す。
座れということなのだろう。
無礼とも尊大とも取れる態度だったが、青年の動作はその一つ一つが洗練され、優雅ですらあったため、
四人は黙って指示に従い椅子を引いた。
四人が席に着くと、見計らったようなタイミングで隣のキッチンから一人の女性がお茶菓子を、
背の高い銀髪の青年がポットと人数分のカップを持ってゆったりと歩いてくる。
彼らは隙の無い動作で手早くお茶を用意し、並べ終わると銀髪の青年は折り目正しく一礼し、キッチンへと戻って行った。
それに軽く礼を言った女性が彼ら4人の正面の席へと回る。
すると先ほどまで威嚇していた青年が嘘のように恭しく女性の手をとり、椅子へ座るようエスコートし、
自らは隣の席に座り女性の椅子の背にその腕を回す。
部屋に入ってからはさほど長い時間ではなかったとはいえ、侵入者たちーー王子と近衛3人ーーは
一連の動きに何か圧倒され、無言のままにただただ目の前で起きることを見つめていた。
「お迎えありがとうね、崇弘。そしてようこそ、我が家へ。」
にっこり微笑む女性から放たれたのは、美しく優しい声だった。
気がつけば案内していた黒髪の青年は部屋の片隅に控えており、短く頷く。
そこでやっと我に返った手塚は、居住まいをただし、礼をとった。
「突然の訪問で失礼いたします。私は青国近衛騎士団第二隊隊長手塚と申します。
こちらは青国王子越前リョーマ様、そして同じく第二隊所属の不二と乾です。
この場が禁域であり私有地であることは重々承知ですが、どうしてもお聞きしたいことがあり参りました。」
「こちらこそこのような場所に、王子と近衛様にお越しいただき申し訳ありません。
それで、皆様のような身分ある方がこのような場所に何の御用でございましょうか。」
穏やかに言う目の前の女性は物腰柔らかで、あくまで優しい微笑みを浮かべているのに、
何故かすべてを話さなくてはならないような圧力を感じる。
その圧力のためか正直にこの中の誰が王子であるか明かしてしまった手塚は心中で己の失態を悔やみ、
乾と不二はどう切り出そうか悩んでいると、先を読んだように女性が再度口を開いた。
「あぁ、紹介が遅れました。私はこの家の主人、と申します。
隣が跡部、皆様をご案内したのが樺地、そして先ほど姿を見せたのが、現在の森の所有者である鳳。
けれど実際管理しているのは私ですので、何か森に関してご不明な点があるならば、私がお答えします。」
「それでは、単刀直入に伺います。この森は一体どのような森なのですか?
何故この森が禁域と指定されているのか、私有地であるのか、
どんな手段を用いてもそのいきさつがわからなかったのですが。」
暫しの間を持って質問したのは乾だった。
情報は自分で集める彼にしては随分ためらわれる質問であり、そんなことは知らないと返されるかと思ったが、
あっさりとは口を開いた。
「それに関しては王家で代々、口伝とされ受け継がれているはずですが、王子、ご存知ではないのですか。」
返答は思わぬ方向へ飛び、突然話を振られたリョーマは慌てて紅茶のカップから口を離した。
「はっ?俺?知らないよ。オヤジなら知ってるかもしれないけど。」
「それでは私もお答えしかねます。」
これもあっさり微笑みながら答えるに、リョーマは唇を尖らせて言う。
「いいじゃん、俺王子なんだからさ。どーせ知ることになるなら教えてよ。」
一瞬の間。
リョーマのわがままな発言に、が笑った。
それまでを、女性と呼ぶべき年齢だ、と4人は思っていたが、
それは落ち着き、洗練された所作から来るものであって、
良く見ると少女と言っても通用する美しい容姿であることに改めて気づく。
不覚にも、見惚れてしまった。
「王家で伝えるのが約束となっております。ご容赦くださいませ。」
「う、うん。」
赤くなるリョーマを横目で同情しつつ、目の前に座る跡部の視線が一層きついものになったと不二は感じた。
復活した手塚が、やや緊張した面持ちで、意を決したようにに問いかける。
「ここには結界が張ってありますね。それは何故。」
「単なる泥棒除けと、それからあまり人と関わるのが得意ではないので。」
穏やかに笑いながら丁寧に答えるを見て、そうかなぁ、と乾は思ったが、
の隣の跡部と隅に居る樺地を見て、何か急速に納得した。
手塚は続ける。
「それは、誰が張ったのですか?」
「私が。」
ほぼ即答の。
その彼女をしっかりと見据え、手塚は抑えた口調にも力を込めて、言い放った。
「あの結界は俺たち近衛でも崩せるものではないと感じました。」
「その結界だけではない。
森全体に外から探索が出来ないような結界と、中の魔術の気配を絶つ魔術が敷かれている。
こんな大規模で精巧な魔術、見たことも聞いたこともない。」
「あなたは、何者ですか?」
続