閉じていた目をゆっくりと開き、は部屋へと帰ってきた。
帰ってきたといっても、肉体はそこにある。
精神だけを飛ばし、視ていたのだ。
部屋に窓はなく、頭上には魔術と思われる光が一つ、淡い黄色の光を放っていた。
家具はなく、床には魔方陣がかかれ、静寂だけが支配するこの広い空間には、現在二人の姿しか見えない。
陣の中心で座るに、術が終わったのを悟り、壁にもたれて斜めにこちらを見ていた跡部が近づいていく。
「ただ、地図の改定をしに来ただけみたい。」
「近衛騎士団が、二人も、か?」
嘲るような口調で跡部はゆったりと座るを見下ろしながら、続ける。
「で、近衛は?何か言ってたか?」
「視ていたことと…たぶん、ここのことも気づいたと思う。」
「たかが近衛が…、な。」
少し困った顔で、それでも笑みを浮かべるの手をとり、立つように促し、そのまま立ち上がったの腰に手を回す。
自然と絡まる視線。
今までとは違った真剣な表情で跡部は告げた。
「何度も言うが、まずくなったらこっちに来い。俺がなんとでもしてやる。」
「でも、それは」
「法則を曲げてでも、だけは守る。」
「景吾…」
きっぱりと言い放つ跡部に目を伏せる。
その身体をそっと胸に抱き込み、跡部は何度も何度もの髪をなで続け、
は何も言わず、跡部の胸に頭をあずけた。
遠慮がちなノックの音が響き、は体勢はそのままに顔を少し上げた。
「どうぞ。」
の声が響くと、音もなく扉が開き、鳳が姿を見せる。
二人を見慣れているものにとっては、このような姿勢は珍しいことではない。
そのため二人の雰囲気に臆することなく扉から顔をのぞかせた鳳は、
普段あまり見せない深刻な顔で二人を呼んだ。
「跡部さん、さん、見ていただきたいものがあるんです。」
「俺が火に、長太郎が風に行った。土の日吉は帰ってきてないけど同じようなもんだろ。
でも聞いた感じじゃが言ったとおり火が一番多い。それだけは確かだな。
で、だ。跡部がそれを感じたのと俺と長太郎がそれぞれの長に聞いてきたのは、一週間以内で起こっている。」
「これは風の長老に頂いた図です。風だというのに消失点が青国のほぼ一箇所で固まっています。」
リビングは窓から差し込む明るい光で彩られ、中央に位置する大きな机を自然に照らしている。
机の前に立ち、その明るい雰囲気にそぐわない小難しい顔で説明する宍戸と図面を開く鳳。
その向かいに立ったは図面を覗き込みながら、手を横に伸ばし、口の中で何かを唱える。
すると何もなかった空間に広げられているものと似た図面が出現し、
それは吸い寄せられるようにの伸ばした手に収まった。
が魔術で出現させた図面を広げることを手伝いながら、鳳が疑問を口にする。
「これは…?」
「水の消失点。…やっぱり一致するね。」
二つの図面にマークされた点は、図を重ねずとも同様であることが明らかだった。
思わず天を仰ぐ宍戸、じっと図を見詰める、その後ろから成り行きを見つめる跡部。
確認するように鳳は言った。
「ここ一帯の精霊力が消失しているということは、そういうことなんでしょうか。」
「消失、といっても精霊が消されているわけじゃない。けれど精霊力が減っている。ということは…」
「そう、なんだろうね。」
息を吐くように答えるを宍戸と鳳は心配そうに見つめる。
それを一瞥した跡部は椅子を引き、前に立つに座るように促しながら自身はその横に立ち、
向かいの二人と目線をあわせてゆっくりと口を開いた。
「だがこの消失点自体に魔力の気配は感じない。だからここが原因だと確定というわけじゃねぇ。」
窓から強い光が差し込み、傍らに立つ跡部を照らす。
光を受け、場を支配するように響く言葉を放つ跡部には、彼にふさわしい風格があった。
それに力強く頷く鳳。
「忍足と向日は…まだか。気配がしねぇ。の探索で何かわからなかったのか?」
跡部の言葉に短く頷いた宍戸は一瞬の間をおき、に視線をやり、問いかける。
それを受けたは、マークされた地図を指でなぞっていた手を止め、宍戸と視線を合わせた。
「その場所に探索はかけたんだけど、魔力は他の場所と変わらないし、居空間へ続くような扉も見つからなかったの。」
「それじゃ、やっぱり違うんじゃねぇの?」
「違和感は感じたから、探索が無効化される術を使っているのかもしれないし…。」
困ったように秀麗な眉をひそめ、は今も自動探索するようにはしているけれど、と続ける。
「自動探索?そんな術使っているのなんて聞いていねぇぞ。」
それまで黙っていた跡部が割って入り、はしまった、という顔をして跡部の強い視線から逃れるように俯いた。
俯いたを跡部はひょい、と持ち上げ、今までが座っていた椅子に腰を下ろし、
自身の膝の上にを置くと、下から覗き込むようにしてと目線を合わせる。
「こないだも倒れた人間が自動探索なんて使っていいと思うのか?あぁん?」
「で、でも、あれってそんなに魔力は使わないんだよ?」
「ほーう…。」
必死に言い募るの首筋をなでながら、跡部は先ほどの威厳あるものとは違う、
至極楽しそうな表情を浮かべ、
の耳に唇を寄せ、吹き込むように言った。
「後でおしおき、だな。」
びく、っとなるの頬に唇を下ろし、触れながらやはり楽しそうな顔の跡部となんとかなだめようとする。
そのの様子をやや気の毒そうに見つめる向かいの二人。
なんとか話題を変えようと、鳳が遠慮がちに声をかける。
「でも、さんの探索を無効化できる人なんているんですか?」
鳳の問いに少し真剣な顔に戻る二人。
自らの服が引っ張られる力が強くなったことを感じながら、
跡部は体制を直し、鳳に向き合い、重くなった口を開く。
「いない、とはいいきれねぇ。ここも気づかれたことだしな。」
「の魔術に?」
「普通の人間が、ですか?」
驚きを隠せなず声を上げる二人には少し笑って、笑いを作ってつとめて明るい声をあげる。
「今回だけじゃないの。ここ二週間で3回、近衛の隊員が来て調べてね。それで今日確信したみたい。」
「しかも近々挨拶に来るそうだ。」
そうなの?と尋ねるに、さっき聞いた。と軽く答える跡部。
心配するような、伺うような二人の視線を受け止め、はきっぱりと言い切った。
「大丈夫、今度来たら逃げず、ちゃんと対応するつもりよ。」
決心したは強い、と三人は思う。
言葉がその唇から放たれると同時に高次元の圧力が光と共に部屋に溢れたようにさえ感じた。
その中心で嫣然と微笑む少女のような容貌を持つ女は、何より、美しかった。
一瞬圧倒されたように目を細めた三人。それは長い時間だったのか一瞬だったのか。
それが収まり、時は再び流れ出す。
「なんかあっても俺が守ってやるからな!」
「なにがあっても俺が守りますよ!」
身を乗り出し、息をまき、タイミングも同じく放たれる台詞。
思わず顔を見合わせる宍戸と鳳。その様子を見て思わず噴出すと笑む跡部。
結局は4人共が笑い出し、いつもの明るいリビングに戻る。
動くときは、近い。
続