全知全能たる神は世界を創り、その管理を任せるものとして自分に似せた人を作った。

人は文明を築き、魔術を学び、世界は栄えた。

世界は基本たる人間界、それに隣接する精霊界とで成り立っており、

人は自由に精霊界に赴くことが出来ずとも、精霊使いと呼ばれる人々がその意思を司り、また代行した。



世界は明るく、人々は幸せに暮らしていた。



しかし人は、精霊も魔力のように自由に使えるものとしたいという欲から、精霊を溜める塔を作った。

塔は無事機能し、成功したように見えたが、あるとき水を司る塔が崩れ落ち、

世界は水に溢れた。



洪水は七日間続き、文明は流された。

塔が崩れ落ちるのを予見した魔術師が箱舟を作り、僅かながらも人は難を逃れた。





そして今、新たな歴史は紡がれていく。



















空の涯て水の中





















桃城武は困っていた。



任務は二人一組でこなすことが基本であるのに、今回の相棒といったらその身軽さを持て余すことなく発揮し、

先に偵察に行くにゃ!と言ったと思うが最後、木々の間を潜り抜け、桃城を置いて

あっと言う間にその姿は森の中へ消えてしまったのだ。

あれは偵察が目的ではなく、この地道な測量、確認作業に飽きたのだろうと一人納得した。

そして納得しついでに、そんな先輩への報復を考えることも忘れなかった。

さて、城へ帰り次第、あのしかめ面の隊長にどう報告してやろう。

無事に帰れればの話だが。



この森は広く、そして正確な地図もない。

古くから王家の立ち入りをも許さない禁域であり、私有地でもあったから、それも当然かもしれない。

国内の治安維持を担当する近衛騎士団第二隊に所属する桃城とて、この地に足を踏み入れるのは初めてのことだ。

それ故に、この白紙に近い、心もとない地図だけで道案内を兼ねる相棒がいなければ、

今、自分がどこにいるかを認識できなくなるのも仕方のないことであったかもしれない。



つまり。



桃城は、完全なる迷子だった。



「はぁ。やってらんねぇな、やってらんねぇよ。ま、エージ先輩もそのうち帰ってくるだろ。」

書き込みの増えた地図を片手に、桃城は来た道を引き返すことにした。

これ以上進んで深みにはまるもの嫌だし、この森は特殊な結界でもあるのかどうにも移動系の 魔術が使いにくい。

予定より帰還が遅れるのは、時間を分どころでなく秒刻みに数える参謀役を思い浮かべるとぞっとしない。



ふと、違和感を覚えた。

目に映るものは、数分前に歩いて来た光景となんら変わらない。

ひっそりと咲く花。

その向こうに見える倒木。

赤い実をつけた木。

きらめく湖。

青々とした木々が覆い茂りながらも、明るい森。



どこまでも続くことを錯覚させる森。



目印に自ら魔術でマーキングした岩もそこにあるというのに。

先ほどまでとは何かが違う、明らかに違う気配に桃城は魔術師としての構えを取った。

意識を集中し、呪文を唱え、気合と共に前方へ探索の魔術を放つ。

広範囲に向けた探索は、魔術の存在をあぶりだすものだ。

しかし。

「え?」

桃城の放った魔術は本人の意思とは裏腹に収縮し、別の方向へとまっすぐに向かっていく。

しばし呆然とする桃城であったが、すぐにまた緊張が訪れる。

桃城が魔術を放とうとした方向からは新たな強い気配が現れ−−



「もーも、何やってるんだよ!」

不審な気配が霧散し、変わりに現れたのは桃城の今回の相方であり、先輩でもある菊丸英二だった。

「エージ先輩!どこ行ってたんですか!!それより今、変な気配がしたんすよ!」

興奮気味に桃城は話すが菊丸は我関せず、あたりに視線を巡らせる。

「うん、それを感じた。それで追ってきたらここまで来たんだけど…消えちゃったみたいだにゃ。」

あたりを見回しながら告げる菊丸の表情は気配を逃したことを悔やむような、まだ何かを探るようでもあった。

しかしその真剣さもさほどはもたず、菊丸は軽い調子で桃城の持つ地図を覗き込んだ。

「お、そこまで印つけてあればもう手塚も大丈夫!」

さ、帰るにゃ〜と身軽に駆け出した菊丸と地図を見比べ、桃城は気づいたように慌てて駆け出す。

「ちょ、ちょっと、エージ先輩、この先まだやってないっすよ」

ん?と振り返る菊丸。

その足を止め、少し意外そうな口調で小首をかしげて桃城に教えることにした。

「なんだ、桃 気づいてなかったにゃ?」

「何をすか?」

「その先、ループしてるよ〜ん。」

え、じゃあ今までの俺の苦労は!と叫ぶ桃城。

「残念無念だにゃ〜」

ま、そんな日もあるって、と続ける菊丸は落ち込む桃城を励ますのかからかうのか。

ようやく歩き出した桃城は菊丸と歩を同じくし、二人は城へ帰るべくその足を早めるのだった。















青国。

水が豊富で緑も多く、上空から見ると青く光って見えるためこの名がついた。

王家は越前。古代王国時代の魔術師の血を引く。そのため優秀な魔術師が多いことでも有名な国だ。

現王は越前南次郎。やるときはやるが、それ以外はよく町に下りて放浪したり姿を隠したりと

側近を嘆かせることが多い。しかしその統治は確かなもので、商業を中心に国は発展し、平和な国を築いている。

戦いが無いので、騎士団は王の近衛と若手で結成される王子の近衛、王の近衛に付属する騎士団のみ。

しかし近衛は優秀な人材が集まるため、軍備にもあまり問題ではないとされている。

王の近衛を第一隊、王子の近衛を第二隊、またの名を青国を学ぶ若者「青学」といい、

前者が国内外の警備、後者が国内の警備を専門にあたる。

それにより国内は嫡子が統制することが多く、現在の王子も幼いながら近衛と協力して国内を治めている。





落ち着いた色合いで統一された家具は、その昔名のある職人が王家に献上したとのこともあり、

午後の穏やかな日差しを受けて鈍い輝きと存在感を放つ。

部屋はほぼ正方形。広く取られた窓からは庭が見え、遠くに青空が広がっている。

王城にふさわしい格を持つこの部屋は、その洗練された雰囲気とは裏腹に魔術による盗聴・攻撃を防ぐ結界が敷かれ、

壁も扉も特別製の近衛騎士団第二隊の作戦室であった。

そして現在作戦室では、三人の青年が報告書や地図、様々な書類を囲んで話し込んでいた。



王室近衛騎士団第二隊隊長は、その年齢に似つかわしくない落ち着いた声音で話を進める。

「結局俺たちが第二隊が確認できていないのは、この森だけとなる。

前回の調査でもただの森である、しかし魔術による探索は不可能、としか報告は上がってこなかった。

…このままこの地域は測量不可とすべきか。」



「元々精霊力の高い森だから、俺たちのわからないことが起こっているのかもしれないな。」

「けれどそれで見過ごしていいものかな。俺としては気になるから、今回のエージと桃がわからなかったら自分で測量に行きたいね。」

手塚の問いに答えるのは隊長補佐の大石と参謀役の乾だった。

三人はそれぞれに目の前に詰まれた資料を見つめ、開き、確認するも、現在の議題

ーー菊丸と桃城が調査に行っている測量できない森についてーー

に明確な答えを出しあぐねていた。

暫く紙を捲る音と、資料の確認をするささやかな会話だけが続く。



「そういや、精霊が消える方はどうなったんだい?」

大量の資料から気になることを自らのノートに書き込んでいたい乾が、顔を上げ、思い出したように手塚に尋ねた。



青国ではここ一ヶ月の間で精霊力が急速に弱まるという前例の無い事柄が起きている。

それに気づいた王属の精霊使いが原因を調べるも、未だ原因不明。

精霊力が弱まったことにより、僅かながらも人々の生活に影響が出始めていた。


「それについては今、不二と海堂が術式を行っている。」

手塚の台詞を合図にしたように、重厚な扉が開き、不二と海堂が入ってきた。

現在、この世界に精霊を使役できる人間は少ない。

元々絶対数が少なかった上に、先の世界の崩壊で、多くの精霊使いが命を落としたからだ。

魔力はその多い少ないがあってもすべての人間が所有するのに対し、

精霊と交渉をもつ力は限られた人間しか持たず、一般に血脈であり先天性であることが多い。



「長引いてしまったね。精霊が捉まりにくくって。」

にこやかに笑いながら告げる不二は数少ない精霊を使役できる精霊使いである。

「いや、構わない。それで、何かわかったか?」

問う手塚に答えたのは術式を手伝っていた海堂だった。

海堂は精霊に関してそれほどの力はないものの、精霊を見たり、術式の補助をすることはできる能力を持つ。

「精霊が一部に固まっている可能性も考えて、今回は領地全体の精霊力を調べたっす。

結果、国内で精霊力が特別に高いところはありません。

ただ、今、エージ先輩たちが行っている森だけが変わらず精霊力が高いんです。」

「それは増えているということかい?」

「いや、違う。前とほぼ変わらないと言っていい。逆に言えば、そこだけが変化がないってことだね。」

やんわりと大石の問いを否定し、これが紙にまとめたもの、と不二は資料の最上部に持っていた厚めの紙を置いた。



そこに白く光る小鳥が音もなく現れ、部屋の中を旋回する。

鳥の形状はしているが、近衛騎士団が連絡用に使う特殊な魔術で、伸ばした大石の手に触れた途端、

鳥は輝きを失くし、一枚の紙へと変化した。

「エージと桃から報告だ。森の全容はわからないまま。

特筆すべきことは森の丁度中心部が結界か何かで囲われているため不明なこと、魔術の気配がしたこと、

以上だそうだよ。」

静かに大石の言葉を聞き、報告が終わったとあともそれぞれに考え込む面々。

やがて手塚が決断を下した。

「やはりこの森には何かあるな。早急に俺も向かおう。」

迷いのない口調で言い切った手塚に、乾は頷き、不二は変わらぬ笑みを浮かべ、海堂は成り行きを見守る。

だが慎重に物事を進め、手塚を補佐する大石は、手塚の決意が変わらぬものと理解しながらも一応の難色を示した。

「でも何があるかわからないまま手塚が行くのは…。」

「今までの三回の調査でも違和感がある、としか報告はあがらなかった。

そして今回の菊丸と桃城でも全容はわからなかった。

精霊力が激減していることと森が関係している可能性と、誰かが俺たちの知らない魔術を使っているのなら、

その目的を知るためにも俺が行くしかないだろう。」

理路整然と言葉を紡ぐ手塚に大石は手塚から視線を逸らすことなく答えた。

「そうか、そうだな。でも、そのときは俺もついていくよ。」

「僕も行くよ。この森だけ精霊力が変わらないことが気になるんだ。」

「ならば俺も行こう。測量を確認したい。」

「それなら俺も…。」

そこにいた全員が調査へ行くと言い出し、一気に騒がしくなった場の収集を手塚試みようとしたとき。





「じゃ、その森にみんなで行けばいいじゃないっすか。」

あっさりと言い放ち、河村を伴い、現れたのは青国唯一の王子、リョーマだった。

一国の王子でありながら、幼い頃から剣と魔法を学び、その腕前は中々のものと評判だ。

その際一緒に学んできた現在の近衛隊員を先輩と仰ぎ、呼び名も変わらないが、

ただ、名を呼び捨てることに慣れていないためだと本人は主張している。

そんな王子を半ば微笑ましいものを見る目つきで見る隊員たち。

その視線を受け流しながら室内を見渡し、リョーマは

「ま、そのときは俺もついていきますけどね。」

不敵に笑って告げたのだった。



「王子、無理なことはしないってさっき言ったばっかりじゃないですか。」

リョーマの背後から先ほどまで剣術に付き合っていた河村が顔を出した。

がんばれタカさん!

必死に諌める河村と、それに心の中でエールを送る諸先輩。

そんな面々の祈りもむなしく、リョーマは独特のふてぶてしさを発揮し、言い切った。

「決めたからね。俺を連れて行ってくれないのなら調査に対する許可は出さないよ。いいでしょ、隊長。」

全員の視線が手塚に集中するが、手塚はまっすぐにリョーマだけを見据える。

絡まる視線。

リョーマはその視線を真っ向から受け止め、やがてその視線をそらしたのは礼をとった手塚だった。

「…かしこまりました。」



嘆息交じりに諦めたように言った手塚の了承を受け、こうして次回の調査が決定された。





それをそっと聞く存在に気づかぬまま。









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