胡乱だった。

目に映るものも、耳に入るものも、頬から感じる空気の動きも。

思考とは一体なんであったろうか。













空の涯て 水の中    の記憶  第二話











人間という生き物は、唯ひとつの例外なく魔力を持つ。

問題となるのはそれが多いか少ないか、唯、それだけのことだ。


唯、それだけの。


それだけのことで、生まれながらに人間の価値は決まる。

それが世界の認識であり、絶対のルールであった。

この法則に当てはまらない存在は、精霊使いと呼ばれる人々である。

精霊使いの力は、魔力によってもたらされる魔法とは別の次元に位置付けされる。

精霊使いは稀に隔世遺伝があるとしても、その血統のみで継がれていくもの。

よって、精霊使いの血と魔力の高い子供は、それだけで価値があった。

生まれながらの、存在だけの価値。

「商品」としての価値。

精霊使いの子供と魔力の高い子供は立派な商品であった。



今から遠い昔の世界は。


そんな、世界だった。







は地域で一番の魔術学校に通っていた。

この魔術学校を卒業すれば、最高峰とされる王宮深くに位置する王立魔術師団に入団することも夢ではない。

そうでなくともこの学校出身というだけで、それなりの職は得られることだろう。

この学校に入学するためには受験があるわけではない。

強い魔力を擁する、という資質こそが必要なのだ。

魔力が絶対の価値を持つこの世界では、生まれたときに簡単な魔術による選別があるため、それは覆ることのない「価値」であった。



幼い頃「選別」されたの魔力は異常なほどに高いものであった。

が生まれた村は小さく、魔術学校と呼べるものはなかった。

しかし噂を聞きつけた近隣の魔術学校がの入学を許可したのだ。

その時の村の騒ぎようを、今でもは覚えている。

誇りだといって褒め称える父、入学金免除に喜ぶ母、名誉だと口様々に謳う知らない親戚達。

みな、が出世し、莫大な利益を得るであろう事を予想しての喜びように、

幼い自分はどこか遠くにやられるものだと、このときぼんやりとその騒ぎを見つめていた。

その学校でも並外れた魔力を持ち、早熟であるは、いつしか総代を務めるまでになっていた。







そして、その日が訪れる。







「さっさと歩け!」

「おい、本当にこの娘なんだろうな?」

「……。」

二人の男に引きずられるの顔は、蒼白であった。

時は、夜。

ひっそりとした小さな村で、声を潜めて歩く男達とそれに引きずられるようにして歩く少女。

それは、恰も、否、間違いなく人買いの現場であった。

魔力の高い子供は「価値」がある。

立派な商品である。



両の親が有る場合、売られることはまずないといってよい。

しかし、には自分がこうして売られていくであろう状況に心当たりがあった。

だからこそ、信じられず、信じたくなかった。


原因が、母の浮気で金が要るなどと。


の生まれ育った村では、の「代金」が相当なものになるであろうと。


総代を務める自分が、その幼さゆえ、近隣の領主の息子から反感を抱かれ、学校から追放されようとしていようと。


全て信じたくなかった。

流れる涙を、嘘だと思いたかった。



だが、の生まれた世界は、

それを許さぬ世界だった。
























、ちょっとここが上手くいかないのだけれど…。」

「あぁ、それはですね…ちょっと待ってください、確かこのあたりの資料に前回の実験結果が…。」




数年後。




紆余曲折を得て、は王宮仕えの魔術師となった。

勿論、最年少であり、売られた子供であるが王宮に仕えるまでには相当の努力が必要であった。

しかし、そんな運命を生まれ持った魔力と努力できること、とでも言うべきか天分で跳ね除け、

今こうして自分の親以上の齢を重ねた魔術師と対等に研究を行うに至っているのだ。



沢山の巻物を取り出し、議論を交わす。

新たな魔術を構築し、共に実験し、記録をつける。

こうして恵まれた環境の中で魔術の研究が出来ることに、は喜びを感じていた。

中にはまだ子供と言ってもいいに反感を持つ人間も居る。

そして、それ以外の人間も。



、悪いが少し来てくれないか。」

そういって扉を開いたのは、とも面識の有る騎士であった。

騎士団の中でも大尉の肩書きを持つ彼は意外と人懐こく、何かとに頼みごとを持ってくることがあったのだ。

「構いませんけれど…何の御用でしょうか?」

「いや、俺はお前を呼んできてくれと頼まれただけで…。」

「わかりました、この書籍を片付けていきますから少しお待ちくださいね。」



老齢の魔術師に一言声をかけ、は議論中であった資料類を手際よく魔術で片付けていく。

その手際を若干羨ましそうに見ながら、恰も孫を送り出すように、老齢の魔術師は

では、、また明日な、とにっこり笑って奥の資料室へと向かっていった。

それに笑顔で挨拶を返したは、お待たせしました、と並んで大尉と廊下へ向かう。



「中将のお呼びですか?」

「ああ」



大尉の用事でないならば、その上司である中将の呼びつけであることは安易に予想された。

ただ、中将の呼びつけとなると、内容の重要さを考えて、流石にも緊張し始めた。

そんなに大事な用件が最近あっただろうか。それともなにかしらの密命であろうか。

ふと、いつもより言葉少ない大尉を気遣うようには口を開く。



「大尉、少しお顔色が悪そうですけれど…。」

「いや、そうかな…。」

「お疲れなんでしょう、次のお休みはごゆっくりご家族でお過ごしくださいね。」



他愛もない話をしながら幾つかの角を曲がり、辿りついたのは。

「魔法の間…?」



通常、魔術の実験に使われる城の中でもやや広い場所だった。

重厚な扉はあらゆる中の魔術を遮断し、外部に漏れないような造りとなっている。

中は装飾などされておらず、華美ではないが、その実用性の高さから魔術を厚く用いるこの王国でも、自慢の広間の一つであった。

大きな魔術を使う際にはも何回か呼ばれたことはあったので、馴染みがないといえば嘘になるが、

決して話をするような場所でないのは確かであった。



「あの、ここに中将が?」

「ああ。」

重厚な扉の前に立ち、は何か動悸が激しくなるような錯覚を受けた。

促すようにしてのやや斜め後ろに大尉が立つ。



その時初めて、大尉が一度も自分と目をあわさなかったことに、ふと、気付いた。









そして、運命の扉が開かれた。














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